つぶやき

2009年12月 5日 (土)

   

 

神様はどこにいるの?

ちゃんといい子にしてるのに 願い事を聞いてくれないよ

ここは真っ暗で誰もいなくて 早く出たいのに

どうして誰も迎えに来てくれないの

どうして僕をここから出してくれないの

 

 

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2009年11月17日 (火)

深秋

  

Photo

     

                        

冷たい風にさらされて色付くんだね

ココロに冷たい風が吹いても こうやって暖かい色でいられるといいなぁ

 

  

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2009年9月30日 (水)

  

  

何か大切なコトを忘れているような

そんな気がするのだけど

あたたかくてやわらかくて居心地がいいから

もう少しここにいようかな…

遠くから聞こえてくる

懐かしい声

あなたは誰?

  

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2009年8月 6日 (木)

無題

   

Yちゃん家で一緒に夜ゴハンを食べてて何気なくつけたテレビ。

そこには今までペットとして飼われていた犬たちの姿が。 保健所。 飼い主に処分を依頼された犬たち。

理解できない。

(もちろんやむを得ない諸事情がある人もいるだろうけど)

そんな犬たちを飼おうという人たちもいる。 その人たちには、犬を引き取る前に必ず見せるという「安楽死される犬たちの様子」の映像。

理解できない。

その映像が流された瞬間、私はチャンネルを変えた。

二人して泣いた。 Yちゃんも私も、飼い猫を亡くしている。

引き取る側にあの映像を見せる必要があるのか…。 生き物を飼ったことのある人なら必ず経験する死と別れ。 そこから立ち直ってまた新たに、しかも殺されるかもという犬を引き取ろうというのに。なぜわざわざ死に行く姿を見せるんだろう?

私は将来犬を飼おうと思っている。 そしてそのときは保健所から。 子犬ではなく捨てられてきた成犬を。

でも… あの映像を見なければいけないのなら、私は保健所へは行けない。

時間が経てば治る傷もあるけど、私は10年以上前に猫をなくした傷すらまだ癒えていない。 あの映像を見て(ガス室に入る前までだったけど)、Yちゃんも私もその傷が当時のように大きく口をあけてしまったみたい。

檻に入れられガス室へと向かう犬たち。 元の飼い主たちはあの目を見て何も感じないんだろう。

そしてその飼い主たちが死に向かうとき。自分の捨てた犬の目をして死んでいけばいい。

   

   

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2009年6月22日 (月)

無題

昨夜夢の中で…久しぶりに逢えた~♪

すっごいうれしい。

長かったような短かったような、なんだかよくわからない時間の流れだったね。

でもこれからは一緒にいられる。一瞬の中に永遠を閉じ込めるの。それが私たちの帰る場所。

あ~、うれしい、幸せ。

 

今いる場所とは違って、なんていうか、もうひとつの世界。

それがあるから私は今生きていられるのだー。

もうひとつの、私の望むその世界に帰ることができたらなぁ…。

そこにはね、たった一人の人がいるの。私の探している人。待っていてくれる人。大切な人。

なかなか私はそこには行けなくて… こうやってたま~に夢の中で逢えるだけ。

それもホントにたま~になのだ。さみしい。

でもね、実際の顔とかはわからないの。声とか抱きしめられたときの感じとか、それはいつも同じなんだけど…感覚でしかわからない。

最近その人の存在をあまり感じなかったからなぁ…私が消してたのかなー。

夢の中でしか逢えないんだけど、いつもいつも途中で消えちゃうんだよなー。誰かが私の手を引いて、現実の世界に戻すの…くすん。で、目が覚めて「ぁぁ夢だったんだ」って切なくなっちゃう。

 

私を呼ぶあなたは誰?

 

…意味不明な感じですなー、変なこと書いてるなー、アブナイ人っ?^^; そうそう、昨夜の夢の中ではその人のお顔は大好きな俳優さんでした。ふふふ♪「〇〇が好きなんだよね~、今回は〇〇の顔にしてみたよ~♪」って感じで出てきてくれました… ってことはただの願望?妄想っ?(;O;) ひゃー!

 

いったい何書いてんだか☆

   

  

   

  

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2009年6月10日 (水)

ワスレナイデ

湿度が高くなると、パソコンデスクの下のあたりからマーキングの匂いがしてきます。

故ぷりんがこっそり残した彼女の匂い。

マーキングから2年は経つのに、ときどき匂ってくるのです。

 

ワスレナイデ

 

ワスレナイヨ

 

いつまでも。 ずっと。

 

  

 

 

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2009年6月 3日 (水)

エゴの定義

やっと買えたよ、チビタちゃんの本♪

で、いきなりだけど。

あとがきにて獣医師が「あんたはチビタの気持ちを考えたことあるのか」みたいな発言があって。

もちろん医師は、両手のなくした猫がこの先どうやって生きていくのか、今までの猫らしい生活ができないのに命を助けるのはチビタちゃんのためにはならない、介護していく飼い主さんの負担も大きい…ということを言いたかったのだろうけど。

そりゃないぜ、先生っ。

猫ってさ、死んじゃう前に姿隠すでしょ? 完全室内飼い猫だってね、這ってでも探すんだよ自分の死に場所を…。たとえ家の中でも、誰にも目の触れない場所を探すの。

チビタちゃんは傷つきながらも帰ってきたじゃん、猫吉さんの元へ。それは「お母にゃん、助けて!」ってことだよ。 「お母にゃん、ボク手がなくなるから安楽死させて」ってことなんかじゃないよ。

もしチビタちゃんが自分の命の時間を悟ったのなら、猫吉さんのところへは帰らない。きっと一人でその場所を探したはず。

ねぇ、学科や臨床だけじゃわかんないよ? 実際にその猫のキモチや状態をわかるのはいつも一緒にいる飼い主さん。お互いに信頼関係、愛情があれば絶対にそれは通じ合うんだよ~。 「前例や症例がない」ってだけで判断するのはおかしいよ。

それに体が不自由でかわいそうだから安楽死。ってほうが、どんだけエゴ? 見てる自分が辛いからでしょ? そりゃ無駄な延命は無意味かもだけど、手の怪我以外はなんの問題もないんだもん。手がない→かわいそう→安楽死なんて。短絡だわ。

自分に子どもが産まれて「このコ五体満足じゃないからかわいそう。死産ってことでよろしく」なんてナイでしょ。

故ぷりんも目が見えなくなったとき、悲しかったのは彼女じゃなくて私だった。彼女はあちこちぶつかりながらも、どこに何があるのか感覚で覚えて歩いてた。本人は「アタシかわいそう」なんて思ってない。失った機能は他の部分で補う、そうやって生きていく!って強さがあった。

かわいそう、なんていったい誰が思ってることなの?

今のチビタちゃんの生活を知れば、何が誰がエゴなのか少し見えてくるかも…。

  

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2009年2月19日 (木)

元気かニャ?

遠くに行ってしまってから今日で1年。

ぷりん、元気にしてる? お母にゃんは元気だよ。

いつか逢えるかな 逢いたいな。

この世界での時間を全うしたら、きっと逢おうね。

今お母にゃんの部屋は、スイートピーとおジャコが混ざった匂いがしてるよ~(笑)

たくさん食べてね。ちゃんと無着色のだしっ(^^)v

ではでは、またね。

幸せでいてね。

  

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2009年1月21日 (水)

無題

悲しみは薄れなくて

時間をいくら歩いても

後ろからついてくる

 

うれしいことと 悲しいことは

同じぶんだけあるのだろうけど

 

走っても走ってもついてくる

闇に

今にも追いつかれそう

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2008年12月 9日 (火)

意味無し☆

悲しい気持ちを 切ない想いを 心のずっと奥にしまったままで

誰にも気づかれないようにしていたら

いつの間にか 

私のココロは何も感じなくなって

私の目は何も映さなくなって

泣くことだけじゃなく 笑い方も忘れてしまった

季節も時間もあなたのことも

さらさらと手のひらからこぼれていく砂のように

ただ目の前を過ぎてゆく

でも

もう悲しい思いをしなくていいのだから

それが私の望むシアワセなのだろう。

 

幸せってなんでしょう?ムツカシイですね。

すごく辛いときにとことん落ち込むってのは誰でも出来ることなので、私はそんなときこそ笑ってみようと思ってそうしていたら、最初のうちは うんうん、いい感じ、やれば出来るじゃん!って気持ちの切り替えが出来たつもりでいたけど、やっぱりそこには無理が生じていて、あとからその辛さが倍返しになったりして… そんなときはもう、本当に虚&無の世界になっちゃう。泣くことすら出来なくなる~。思考が止まったり感情が消えちゃうって、ホントにあるんだね。

って、別に特に辛い出来事があったわけでもなく。時々すこーんと、穴に落ちるときがあるのだ。落とし穴みたいにいきなりね☆

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